「花見ライヴ」の第1回は、現「花見ライヴ実行委員会」のメンバー4人(岡崎、工藤、水戸、目黒)が昭和の終わり頃(?)のある年の4月に開催致しました。
※地元 仙台の市民音楽祭「定禅寺ストリートジャズフェスティバル(※略称:Jazz Fes.)」の第1回が、1991年9月に開催されましたが…第1回の花見ライヴを開催してから数年(3~4年?)後に、花見ライヴ実行委員会のメンバー同士で「そういえば、昨年の9月に、定禅寺通り(※仙台市青葉区)で『Jazz Fes.』が開催されたらしいよ。」という会話を交わした覚えがあるので、「花見ライヴ」が「Jazz Fes.」よりも数年程度、歴史が古いことだけは確かなのですが、何分、資料が残っていないので、「第1回花見ライヴは○○年に開催」と断定は出来かねる、というのが実情です。
花見ライヴは当初、4月の中のどこか「日曜日1日」だけの開催でしたが、出演を希望する方(Band、Musician)の増加に伴い、「土日2日間」、「土日2日間及び翌週の日曜日の計3日間」、と徐々に開催日数を増やしていき、現在は「2週に渡って、土日土日の4日間」開催致しております。
2011年3月11日(金)14:46、東日本大震災発生。それを受けて、数日後、石原慎太郎東京都知事(※当時)が下記の発言、
「…こんな時に花見などやっている場合か、自粛すべきだ。」…私(岡崎)はこの発言に強い違和感を感じました。「こんな時だからこそ、なおのこと、とりわけ被災地では、楽しい時間(催し)が必要だ」と考えました。
幸い、後日、会場の「榴ヶ岡公園野外音楽堂」は使用可能であることが確認でき、花見ライヴ実行委員会のメンバーとも協議の結果、例年通り2011年も4月に四日間(4/9:土、4/10:日、4/16:土、4/17:日)「花見ライヴ」を開催しました。
観客の皆様から寄せて頂いたカンパのお金は、地元 仙台の市民音楽祭(定禅寺ストリートジャズフェスティバル、とっておきの音楽祭、ゴスペルフェスティバル)の各実行委員会へ寄付しておりましたが、2011年3月11日 東日本大震災発生を受けて、同年4月の花見ライヴで観客の皆様から寄せて頂いた(集まった)カンパのお金は全額、地元紙「河北新報社」を通して、東日本大震災の被災地へ、義援金として送りました。
2012年から以降は、下記の形をとっております。
皆様から寄せて頂いたカンパのお金、半分は、地元紙「河北新報社」を通して、東日本大震災の被災地へ、義援金として送ります。
残りの半分は、定禅寺ストリートジャズフェスティバル、とっておきの音楽祭、ゴスペルフェスティバル、の各実行委員会へ、それぞれの開催規模に応じて寄付します。
・定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会へ 50%
・とっておきの音楽祭実行委員会へ 30%
・ゴスペルフェスティバル実行委員会へ 20%
例:観客の皆様からのカンパが計10,500円、主催者側経費(通信費、印刷代等)が500円、の場合
・(10,500円ー500円)×50%=5,000円=東日本大震災の被災地への義援金
・5,000円×50%=2,500円=定禅寺ストリートジャズフェスティバル実行委員会へ寄付
・5,000円×30%=1,500円=とっておきの音楽祭実行委員会へ寄付
・5,000円×20%=1,000円=ゴスペルフェスティバル実行委員会へ寄付